あしたのジョー心理学概論～矢吹　丈　その心の病～　PART29 | 三重県でアルコール依存症をはじめとした悩み相談を受け付けております

規範を示す「父親」としての力石　徹

 

力石の存在はジョーの男性としての成長に大きな役割を果たしている。

 

ジョーが心理テストで、「両親＝無責任」と答えているように、

捨てられたことに対する親の憎しみと怒りの感情をもちながらも、

ジョーは、”無責任でない親”の愛情を求めていた。

 

幼児期に愛情の対象である「親」を失ったジョーは、空想の中で

美化した「親」のイメージを作りあげる一方で、

捨てられた恨みによる悪いイメージを持っていた。

 

この二つのイメージが上手く統合されないままに内在化された結果、

精神的に不安定な状態となり、性格的にも歪みが生じた。

更に、周囲との人間関係の中で得られない愛情の欠乏を

満たしたいとする代償行動が自律性のなさと重なって、

盗みや異常な攻撃などの問題行動を引き起こした。

 

この様な場合、反社会行動を厳しく律して、

その行動の方向性を指示してくれる「父親」の存在が、

子供の精神発達上、必要である。

しかし、ジョーには優しさで保護してくれる母親だけでなく、

厳しさで律してくれる父親もいなかった。

 

イギリスの心理学者、サミュエルズは、

子供の成長における父親の影響は権威と結び付けられ

「決断力、勇気、力強さといった特性において大きい」という。

 

これらは、

「道徳的厳格さ、権威主義、強迫観念ないし強迫行為として表れる。

　最初は、親の禁止の取り入れと親の反対意見の内化によって、

自尊心や他者との関係の基礎がつくられる。

次に、それ自身の固有な権威を伴った内なる声という形式が現れてくる」

ものである。

このように、内的父親のイメージは、子供の社会的行為において

重要な影響をもつ。

 

とくに、幼少期から青年期にかけて精神の発達過程においては、

愛情対象としての母親から離脱し、

男性として同一化すべき愛情対象としての父親の発現を強く求める。

ここでは、父親は、子供を母親と切り離し、その一体感を少なくし、

母親が担った内なる社会から外なる社会へと連れ出し、

集団に適応できるように社会現象を学ばせるのである。

 

”ジョーにとって、力石の存在は、

このような意味からまさに「父親」そのものであったと言えるだろう。”

 

 

 

「権威」の象徴として

 

１５歳という精神的成長過程の中で不安定な時期にあるジョーは、

力石を精神的にも肉体的にも理想とする男性のモデルとして、

同一化すべき対象（父親）として無意識下で認識したと思う。

 

少年院時代での、力石とジョーの出会いは象徴的であった。

配達係の力石が自転車にまたがり、段平からのハガキ

「あしたのために」をジョーに届けにきた時のこと。

「わざわざ持ってきてやったのに、礼くらい言ったらどうだ」

といった力石に対し、

誰にでも攻撃的に出ていたジョーが「ありがとう」と畏敬の念を

感じたともとれるくらいに素直に返事をしたのである。

 

畏敬とは

尊敬と恐怖の混合したもので「おそれ多い」感情。

 

 

ジョーは、無意識のうちにも力石の権威を認めた形になる。

力石はその権威をさらに決定づけるかのように、

ハガキを拾おうとするジョーの手を自転車でひいて立ち去った。

このことは、父親と息子との世代間の争いを象徴するものであり、

 

子の男性社会への移行を促すもの、として捉えることが出来る。

 

更に、ジョーが暴走する豚に乗って脱走を試みた際も、

「脱走はあきらめるんだな」の一声で簡単に阻止されたうえに

”「こんな強烈なパンチを食らったのは生まれて初めて」”

　と、感じたほどの強さを見せつけられる。

 

 

これは、

定まった目標のないままに、やみくもに行動することの戒めを意味している。

 

しかし、この中にはもっと多くの、

社会に適応するために必要な事柄が含まれていたのである。

それらは、

”忍耐力の必要性・規範に対する遵守の義務と、責任・

他人に対する謙虚さ・個人の力の限界を知り自制することの

重要性などである。”

 

この時ジョーは、

「いまに、お前をぶちのめしてやる」と、

力石を将来において乗り越えなければならない対象として強く認識した。

 

つまり、サミュエルズの

「息子にとって内的父親は、

良心を示す像であり、価値観と理想につながるもの」

であり、この様な意味でジョーは力石を「父親」のイメージとして

取り込んだのである。

 

 

今回は、この辺で失礼します。

 

 

心を和らげる相談室　HEART　　代表　　杉野　茂広